梨泰院クラス感想

いやー。面白かったすね。梨泰院クラス。
感想書いていこうと思います。

「信念」という言葉にまつわるドラマだったと思います。

セロイにはセロイの、デヒにはデヒの、グンスにはグンスの信念がありました。

セロイの信念とは人と信頼、またそれに反する人や行為に対しては絶対に媚びへつらわないというもの。物語の主人公としてあまりにも分かりやすく適したキャラクターだったと思います。

一方、復讐に駆られる気持ちが先行して自分の気持ちに気づけないという弱点もありました。いや、ほんと主人公としての格が違うよ、この人……。まあ本当はあんまりこの人書くこと無いんですよ。最初っから最後まで、デヒに土下座したときですら「イソを守る」という信念のもとだったから、変わってないんですよね。こういう人はある意味魅力的で、ドラマとしてはある意味あんまり書くことない。

そういう意味ではスアも変わらない人だった。というか率直に言うとこのキャラクター嫌いなんですよね、私。人の惚れた弱みに漬け込んで自分はなにもせずに早く自分を幸せにしろと言いながら涙だけは流す。そんな人、好きになれます?いやね、好きな人もいるだろうからあんり悪口とかは書きたくないんですけど。

信念という意味では「自分の幸せに率直であれ」というものだったけど、それもセロイから与えられたものだしなあ……、と。まあ同族嫌悪でしょうね。私はスアのようなタイプですよ。スアに関してはこのくらい。

次はグンス。グンスはねー、いやねー、嫌いな人いる?ってくらい良いキャラクターでしたね。「アボジ、僕は今までなにも欲しがったことがありませんでした」と言う言葉が似合った前半のグンス。イソのことが好きなのにそのイソすら欲しがらない諦め。

そのグンスが自分の欲望と対峙した時、ああなったのを誰が責められましょう。確かにICのみならずヒョニやスングォンにしたことはひどかった。だけど「止まり方を知らなかった」彼は、たぶんあまりにも不器用すぎて自分の欲望が一体なんなのか理解することができなくて。

最後、アメリカに逃げるのも最後まで自分と向き合えなくて、いや、向き合えとは言えないよな、ある意味それが責任の取り方ってものなのかもしれない。他人にひどいことして負けたら最後はダサい逃げ方をする。それが彼なりの最良の幕引きだったんでしょうね。

イソはね、このキャラクターは難しい。「セロイに人生を賭ける」「成功も幸せも手に入れる」という強すぎる信念を持った彼女だったけど「人の温もりを知らない」と自分で認めたあたりではソシオパス成分は少し抜けていましたね。

どうしても私には彼女が「成功も幸せも追い求めるガッツのある強い女性像」には見えないんですよ。むしろ惚れた男に健気に接し、しかも彼の復讐のお手伝いまでしちゃうとても女の子らしいキャラクターだったと思います。

セロイと出会うまでなにもかもが退屈だったイソ。それがセロイとの出会いで毎日がキラキラしちゃうなんて、どこの少女漫画ですか?私は好きです、そういうの。強い女とか正直好きじゃないんでね。

最後にグンウォンのことを書いて〆ましょうか。彼はこのドラマ一番の犠牲者だったように思います。もちろん殺人をした加害者でもあります。そこまでは考え無しのただのクズだったのが、デヒに更生の機会を奪われるどころか鶏を絞め殺させられることで長屋以外の人間は家畜だという洗脳を施され、あげく自白を録音されて長屋の信用問題になった際にはデヒに捨てられる。しかも15話でもセロイに土下座させるためにまた捨てられる。

ただのクズが更生もせず2度目の殺人に及ぶほどの本物の殺人鬼になってしまうのはデヒの問題でもあるわけで。そのデヒの信念が「家族に腹いっぱい飯を食わせること」なのはあまりにも皮肉だなあと。ホジンとの面会でブチ切れてるあたり刑務所の中でも更生はできなさそうだし一生ああやって生きるんだろうな、と思うと可哀想だな。と思わずにはいられないです。

それにしてもグンウォンの人、演技うまかったなあ。みんな演技うまかったけどグンウォンの人は郡を抜いてたと思います。

あとは、まあ、ヒョニとかスングォンとかはちゃんと幸せになってくれればいいと思いますよ。はい。微笑ましい。

私の信念ってなんだろう。私は自分の意識の中では何も考えずに流されるように生きているタイプではないと自負しているけど、信念と呼べるほどのものはなにも持っていない。探そう。願わくば自分や自分の周りの人を幸せにできるような信念を。

まだ他の方の感想文巡りなどできていないのでまた気持ちも変わりそうですが、一旦そんな風に思わせてくれるドラマでした。ありがとうございました。

余暇の時間を上手く過ごせない私が世界を救うのだよ

義務感。

 

私の全ての原動力だ。もちろん悪い意味で。

仕事が義務感?家事?他の諸々やらないといけないことが義務感?そんなのは当然で。

 

そうじゃなくて、私は自分の時間をどう過ごしていいのか分からないのだ。

 

趣味はたくさんある。語学、歴史、ゲーム、映画、読書、以前は楽器もやってた。

 

だけど、全部やろうとするとその途端義務感が発生して夢中になれないのである。ゲームやってる時なんかはひどい。最近マリオワンダーを買ったのだがコントローラーをポチポチしながら早くこのステージ終わんないかな、とかスターさっさと手に入らないかな、とか。そんなのはまだいい方で今日の仕事だるかったなーとかネガティブなことを考えながら作業する時間と化してすらいる。マリオは全く楽しくない。

 

でも、やる。マリオをやる。なぜ?

 

そう、それが義務感。

 

上ではゲームを例に挙げたが全ての趣味は義務感があるので私はやらざるを得ないのだ。映画も観ないといけない気がする。本も読まないといけない気がする。そんなものばかりだ。

 

この義務感は前に進むのが嫌だが進まないといけない、というよりかはむしろ背中の方から猛然と差し迫ってくる追い風みたいなものなのだ。追い風がすごい勢いで吹くので私は勝手に前へ前へとよろめきながらゲームをし、映画を観る。

 

止んでくれ。この要らん風。義務感じゃなくて好きなことをしたい。

 

……。

 

いや、待て待て。

 

「好きなことをしたい」?

 

私は好きなことをしていいんだぞ?語学やゲームが好きなんじゃないのか?と、まあ最初に戻ってくる訳である。

 

結局気づく。私は語学もゲームも映画も特に好きじゃなく、なんにも好きなことの無いからっぽな人間なのだと。

 

私は周りがよく「やりたいことがない」と言うのが理解できなかった。おそらくそれは将来の夢、とか叶えたい理想とかの文脈で言われていたのであろうが。別にやりたいことなんていくらでもある。ゲームしたくないの?映画観たくないの?そう思ってた。

 

だけど違った。私も、「やりたいことがない」。

 

もうゲームもしたくないし映画も観たくない。解放されたい。

 

でも私は今夜もゲームをするし映画を観る。なぜなら背中に突風が吹くから。

 

はい、2ループ目来ましたね。

 

私の人生、もしかしてループもの?

いつか絶世の美少年のみたいなのが天界から舞い降りてきて「世界を再び創るためには君の力が必要だ」みたいな展開になっちゃったりするんですかね。氷属性の大魔法とかで異形のものと戦って死闘の末世界を救う対価として私は永遠の紋章として封印されたりするんですかね。

 

あ、こういうこと考えてる時ちょっと楽しいかも。

 

というわけでちょっくら世界、救ってきますわ。不景気に悩んでるみんな、もう少し待っててな。